定量免疫学

免疫システムの多様性、恒常性、学習原理を理解する Learn More

問とアプローチ

免疫は未知で多様な外敵を認識・学習し、速やかに外敵を排除する生体防御システムです。 免疫による外敵の認識・学習において、T細胞・B細胞をはじめとした免疫細胞の多様性(レパートリ)とその変化が重要な役割を果たします。 我々は、免疫細胞集団の集団ダイナミクスモデルと、ハイスループットシーケンシングに基づく免疫レパートリー解析を統合し、 我々の免疫状態がどのように維持され、また動的に制御されているか、その原理の理解に取り組んでいます。

01.

抗原認識における分子特異性と濃度感受性の両立

免疫応答のはじめのステップは、外来生物由来の少量の抗原を、膨大かつ多様に存在する自己細胞ゆらいの自己抗原の中から見出すことである。 自己抗原と外来抗原は構造的に類似していることも多く、したがって、少量の外来抗原を高い感度で認識しつつ、自己抗原と外来抗原の差異を特異的に識別することは容易ではない。 我々は、高い感度と高い特異性を両立しうる分子機構として、ゼロ次超特異性を有する分子ネットワークを提案した。 またその他の特異性に関するモデルなどとの比較を通して、感度と特異性だけでなく、応答のスピードや自己抗原由来の膨大な背景分子への不感受性などの関連も明らかにしました (Learn more: [1], [2])

02.

非特異的相互作用ゆらぎと背景分子による感受性の向上

T細胞などの免疫細胞による抗原の認識は確率的な反応に担われています。また受容体が認識する抗原と類似の多くの分子が背景分子として受容体と相互作用します。 我々は、受容体における自己触媒的な反応があることにより、このような環境でも細胞が正確にターゲット分子を背景分子から見いだせることを示しました。 また背景分子の数が増えるほどむしろ確率的な誤認識が抑制されるなどの現象も確認されました。 この結果は揺らぐ環境下での分子認識において、特定の反応構造が重要な意味を持つことを示唆しています。 (Learn more).

03.

次世代シーケンスで免疫レパートリーを解読する

免疫細胞の多様性は、膨大な多様性を有する未知の外来抗原を獲得免疫系が認識するメカニズムである。 したがって、免疫細胞集団の多様性を読み解くことは、我々の免疫状態を知り、また免疫系がどのように外来分子を学習・記憶するかを調べるために不可欠である。 多様性情報をT細胞受容体の次世代シーケンスデータから抽出し、その構造や差異を明らかにする解析手法として、 我々は次元圧縮に基づくTCRレパートリの比較手法(RECOLD)を提案しました。 この手法を用いることで、TCRレパートリーの違いを視覚的に把握するだけでなく、情報論的な基準により、レパートリー間の差異の定量化や差異を作り出している部分配列の同定が可能になります。 この手法は、TCRレパートリの変化を解析する基本的な方法として機能すると期待されます (Learn more).

04.

T細胞集団の恒常性の制御と維持機構

免疫システムの性質としてその高い恒常性があげられます。 特に免疫細胞は様々な外乱に晒されながらも、その多様性や免疫細胞の細胞数を適切に保つと考えられています。 我々は、胸腺におけるT細胞発生をモデルシステムとして、T細胞の生成過程において胸腺T細胞・胸腺上皮細胞の細胞数が恒常的に維持される機構を、 定量データと数理モデリングを組み合わせて明らかにしました。我々のモデルで予測された細胞数減少を補完するDP細胞複製速度の一過的な増大は、追加実験で実証され、また既存の研究と整合する細胞間相互作用などのパラメータも推定されました。 また現在胸腺発生に伴うT細胞の多様性の制御についても次世代シーケンスデータを用いた研究を進めています。 (Learn more).

04.

適応免疫系の学習機構の理解

経時的な外来生物との接触を介して、外来生物への適切な応答を記憶・学習できる適応免疫系は、生命が進化の過程で発達させた学習システムです。 免疫システムへの分子的な理解の発展にも関わらず、免疫システムが持つ学習機構の基本原理やその定量的性質の理解は十分ではありません。 我々はネットワーク強化学習の理論フレームを用いて、T helper細胞による集団での抗原認識過程とその下流の自然免疫系の制御機構を強化学習の生物的実装として捉える理論を構築しました。 この理論から得られた学習則(自然勾配法)からは、既存のT細胞のクローン選択説が自然に導かれ、また自然免疫系からTh細胞へのフィードバックなど、現在の免疫学的知見と整合する相互作用が得られました。 このような理論は免疫を学習系として理解する基礎を与えると期待されます(Learn more)。